彼の歩んだ道
    「一ペン死んだ」ということ
    見当がよい、ということ
    選挙(投票)は、市民各界各層各地域の声を
公平に吸い上げるためにある?
  皆様の声を公平忠実に反映させます?
    議員は何人が適当か?
     
 
    会社を辞める
    司法書士試験合格
     
 
    市会議員・補欠選挙へ出馬
     
 
    県議会議員選挙へ出馬
   
   こういえば、誠に可愛らしく聞こえる。 私も、確かにそれに近いことは言っている。 しかし、よく考えてみると市民の声をそのまま忠実に言えばよい議員で、議員の任務はそういうものだと言い切ってよいのだろうか。

  結論を先に言えば、私は議員はそれと似て非なるものと思う。
つまり、有権者、市民は、議員に対し必ずしも具体的に政治的な態度の一つひとつを指示してはいない。
  委任を受けた議員は、何が真に公益に合致するか自らの頭で判断すべきであって、市民要望に忠実であったことの故をもって、自らの政治責任をまぬがれるとは思えない。
政治が結果責任と言われるのはそういうことをいうのではなかろうか。

 さて、それでは議員とは何か?
当然、市民意思の総和としての委任に根拠がある。
だから少くとも市民意思と無関係に議員が存在するとは考えにくい。
そうすると、議員は、「市民から包括的に委任された独立の人格者」とでも言うべきではないか。
 
  ただ、現実問題、市民から選ばれたと言ってみても市民全員から選ばれることはあり得ない。普通、民法上の委任なら委任した人のために働けばよい。当然だ。然らば、委任された議員は、選んでくれた人だけのことをやればよいのだろうか。

端的にいえば、自分を選んでくれなかった人のためにも公益を基準に同様な態度をとるべきであろう。
このことは、選んでくれた人(委任者)と選ばれた議員(被委任者)との関係が、単に忠実なだけで済むことではないということを表しているのだと思う。
議員が公益を追求している限り、選ばれた議員に独立の人格が認められなければならないと思う。

 仮に、議員や執行部が無謀なことをやる場合は、市民にいわゆる抵抗権の行使が認められるはずだから、気にくわないからといって何でもかんでも議員や執行部(市町村長)にまかせずに全て住民投票をやれというのは、憲法が議会制民主主義を採っている以上、(それを認める以上は)自己矛盾ではないかと思う。

 議会制民主主義を否定軽視する前に、もう一度議会制民主主義をどう生かしてゆけばよいかを考えたいものだ。

 例えば、地方自治法は、第76条(議会解散請求)、第80条(議員解職請求)、第81条(首長の解職請求)を規定している。(もっとも議会制民主主義とて全てに万善であろうはずはなく、それ以上の手があれば変えればよいが……)
 
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